
■ はじめに:テレビは“家の主役”だった
昭和のテレビを思い出してほしい。
とにかく 大きい。
サイズだけでなく、
存在感そのものが巨大だった。
・木目調の枠
・ずっしり重い箱
・堂々とした正面顔
今の薄型テレビと比べると、
同じ家電とは思えない。
なぜ昭和のテレビは、
ここまで 巨大 だったのか。
■ 結論:大きくないと“映せなかった”
まず結論から言おう。
昭和のテレビは、構造上「大きく作るしかなかった」。
・小型化の技術が未熟
・強度が必要
・内部がギッシリ
つまり、
省スペースより
ちゃんと映ることが最優先
という時代だったのだ。
■ ブラウン管が「そもそも巨大」だった

昭和のテレビは、
ブラウン管(CRT)
という仕組みで映像を表示していた。
ブラウン管は、
・奥に電子を飛ばす
・手前のガラスに当てて光らせる
という構造。
このため、
・奥行きが必要
・太いガラスが必要
必然的に、
本体は奥へ奥へと伸びていく。
薄くするなんて、
夢のまた夢だったのだ。
■ 強化ガラスが重かった
ブラウン管の前面は、
厚い強化ガラス。
理由は単純。
・割れたら危険
・内部は真空
・爆発する可能性がある
だから、
・分厚い
・重い
・頑丈
そのガラスを支えるため、
筐体(箱)まで頑丈にする必要があった。
結果、
テレビ全体が巨大化する。
■ 中身は“部品だらけ”だった
昭和のテレビを開けると驚く。
・太い配線
・大きな基板
・巨大なトランス
つまり、
中はすべて「物理部品の塊」。
今のような
超小型ICチップは存在せず、
・熱を逃がす
・振動を防ぐ
・壊れにくくする
そのためにも、
大きなスペースが必要だった。
■ 家具としてのテレビだった
昭和のテレビは、
ただの家電ではない。
“客間に置く家具” だった。
だから、
・木目調
・飾り枠
・装飾つき
テレビの上にものを置くのも、
ごく普通。
・花瓶
・写真立て
・人形
まるで
タンスや棚と同じ扱いだ。
家具として見ていたからこそ、
大きい方が立派でいい
という価値観が根づいていた。
■ 画面が小さくても「箱」は大きい

昭和のテレビを見ると、
・画面は小さい
・でも外枠は巨大
という矛盾がある。
これは、
・ブラウン管を守るスペース
・配線を逃がすスペース
・開閉修理用スペース
すべてを確保するため。
余裕のある箱が、壊れにくさにもつながっていた。
■ 熱を逃がすための“空間”
テレビはかなり発熱する。
・ブラウン管
・トランス
・回路
これらが
長時間動くのだから当然だ。
熱は
機械の大敵。
そこで、
・内部に空間を作る
・放熱用の穴を開ける
「空間で冷やす」設計
が採用された。
つまり、
大きいこと=冷却機能
でもあったのだ。
■ 修理するのが当たり前だった
昭和のテレビは、
壊れたら買い替え
ではなく
壊れたら直す
が常識。
そのため、
・背面を開けやすい
・中に手が入る
・部品を交換しやすい
という 修理前提設計。
狭くコンパクトでは、
整備が面倒になる。
だから、
どうしても 大きくなる。
■ テレビ=家族が集まる「舞台」

昭和のテレビは、
・一家に一台
・居間の中心
家族全員が、
そこに集まって見ていた。
テレビの前は、
ある意味で 舞台。
・ニュース
・歌番組
・バラエティ
テレビ自体に
「主役の貫禄」
が求められていた。
だから自然と、
大きく、堂々としたデザイン
になっていった。
■ そして時代は「薄く、大きく」へ

平成以降、
・液晶
・プラズマ
・LED
が登場し、
薄型テレビの時代へ。
結果、
・画面は大型化
・本体は薄型化
・重さは大幅ダウン
逆転現象が起きた。
大きい画面=省スペース
という、
昭和では考えられない世界。
技術が、
暮らしの形をまるごと変えた瞬間だ。
■ まとめ:巨大さは「技術と時代の答え」だった
昭和のテレビが巨大だった理由は、
・ブラウン管の構造
・分厚い強化ガラス
・内部の部品が大きかった
・放熱スペースが必要だった
・家具として扱われていた
・修理前提で作られていた
すべてが、
技術と暮らしの最適解だった。
不便でも、
古臭くても――
あの大きなテレビには、
“家族の時間を映す役目”
が詰まっていたのである。

