
■ はじめに:寒いのに、なぜか消さなかった
昭和の夏を思い出してほしい。
エアコンをつけると、部屋は一気に冷える。
冷えすぎる。
正直、寒い。
それでも――
誰も温度を上げようとしない。
むしろ、
「贅沢だから」
「もったいないから」
「つけたんだから我慢しろ」
そんな空気が、確かにあった。
なぜ昭和のエアコンは、
あそこまで容赦なく冷えたのか。
■ 結論:快適さより「冷えること」が正義だった
まず結論から言おう。
昭和のエアコンは、「冷えたかどうか」で評価されていた。
今のように、
・体感温度
・湿度
・やさしい風
そんな概念は、
まだ一般的ではなかった。
■ エアコンは「特別な家電」だった
昭和のエアコンは、
・高価
・簡単に買えない
・一家に一台あるかどうか
そんな存在だった。
だからこそ、
つけたら、ちゃんと冷えないと意味がない
という意識が強かった。
弱く、静かに冷えるエアコンは、
・効いてるのか分からない
・損した気分になる
そんな評価を受けてしまう。
冷えすぎるくらいが、ちょうどよかったのだ。
■ 温度設定が「大ざっぱ」だった
昭和のエアコンに、
・0.5度刻みの設定
・細かな制御
そんなものは、ほぼない。
多くは、
・弱
・中
・強
あるいは
ダイヤルで適当に回すだけ。
結果どうなるか。
・冷えすぎる
・止める
・また暑くなる
・また強でつける
この繰り返し。
中間という概念が、ほぼ存在しなかった。
■ 冷房=風を当てるものだった
今のエアコンは、
・風を直接当てない
・部屋全体を均一に冷やす
だが昭和は違う。
冷房とは、
冷たい風を、直接浴びること
だった。
だから、
・風量は強い
・風向きは直線的
・当たる人は寒い
これが「正常」。
冷えすぎは、
構造上、避けられなかった。
■ センサーが、ほぼ存在しなかった
現代のエアコンは、
・人感センサー
・室温センサー
・湿度制御
が当たり前。
だが昭和のエアコンは、
・今の室温を正確に測らない
・人が寒がっているか分からない
ただひたすら、
設定された動作を続けるだけ。
その結果、
人が我慢する
という構図が生まれた。
■ 「冷房病」なんて言葉が生まれた時代
昭和後期になると、
・体がだるい
・冷えすぎる
・頭が痛い
そんな声が増え、
「冷房病」という言葉が生まれる。
だがそれは、
エアコンが悪い
というより、
冷えすぎる設計が当たり前だった
という証拠でもある。
■ 電気代は、今ほど気にしていなかった
意外に思うかもしれないが、
・電気代は今ほど細かく管理されていなかった
・つける時間も短かった
だから、
・短時間で一気に冷やす
・効き目が分かりやすい
そんな設計が好まれた。
省エネより、即効性。
これも冷えすぎの理由だ。
■ そして時代は「快適さ」を求め始めた

平成に入り、状況は一変する。
・長時間冷房
・就寝中も使用
・子どもや高齢者
こうして、
冷えすぎないこと
が重要になった。
エアコンは、
・自動運転
・微調整
・やさしい風
へと進化していく。
■ まとめ:冷えすぎは、時代の答えだった
昭和のエアコンが冷えすぎた理由は、
・冷えること自体が価値だった
・高価な家電だった
・温度制御が大ざっぱ
・風を直接当てる設計
・センサーが未成熟
・短時間使用が前提だった
すべてが、
昭和の生活に合っていたからだ。
快適さより、
「効いている実感」。
あの冷えすぎる冷房には、
確かな時代背景があったのである。

