
■ はじめに:あの“木のテレビ”、覚えてますか?
昭和の居間。
ちゃぶ台、黒電話、柱時計、そして――
どっしりと鎮座する“木目調のテレビ”。
今の薄型テレビしか知らない世代にとっては、
「え?テレビって木でできてたの?」
と不思議に思うかもしれませんが、
昭和を知る世代には、あの重くて、箱みたいで、あたたかみのあるテレビがしっかりと記憶に残っているはずです。
だが、ここでひとつ素朴な疑問が浮かぶ。
「なぜ昭和のテレビは、あんなに木目調だったのか?」
今回は、この“当たり前すぎて誰も深掘りしなかった謎”を、
昭和家電の舞台裏からひも解いていこう。
■ 結論から言おう。テレビは「家具」だった
まず結論から言ってしまおう。
昭和のテレビは、“家電”である前に“家具”だった。
これが、ウッド調フレーム最大の理由である。
昭和30〜40年代、テレビは今のように
「気軽に買い替える家電」ではなかった。
テレビ一台は、**冷蔵庫や洗濯機よりも高額な“家の財産”**だったのだ。
だから、
●できるだけ長く使えるデザイン
●部屋の雰囲気に溶け込む外観
●和室にも洋室にも合う見た目
こうした条件をすべて満たすのが、
“木目調”という万能デザインだったのである。
■ 昭和の家に「プラスチックはなかった」
今でこそ、白や黒の無機質デザインが当たり前だが、
昭和30年代の家庭には、今ほどプラスチック製品がなかった。
家具は、
●タンス
●座卓
●茶棚
●テレビ台
すべてが木製だった時代である。
つまりテレビも、
「部屋に置くなら、木であるべき」
という“無言の常識”の中で設計されていたわけだ。
ここで白いプラスチック製テレビをどーんと置いたらどうなるか。
……完全に部屋の中で浮く。
だからテレビは、
違和感なく“家具の仲間入り”をする必要があったのだ。
■ 木で作るしかなかった、という現実
もう一つ、極めて現実的な理由がある。
それは――
当時のテレビは、とにかく重かった。
ブラウン管、巨大な変圧器、分厚い電子部品。
今の薄型テレビとは次元が違う重量である。
結果どうなるか。
●プラスチック → 強度不足
●金属 → コストが高すぎる
●木材 → 強度・加工性・コストすべて合格
こうして、
「木の外装で作るしかなかった」
という技術的事情も重なった。
木目調は、
「おしゃれ」ではなく、
最適解だったのである。
■ 家族全員が見る“神聖な箱”だったテレビ
昭和のテレビは、今のような
●一人一台
●寝室用
●スマホ代わり
という存在ではない。
**一家に一台、家族全員が正座して見る“神聖な娯楽装置”**だった。
●プロレス
●時代劇
●紅白歌合戦
●ドリフ大爆笑
すべては、
あの木の箱の前で起こっていた。
だからこそ、
●安っぽく見えてはいけない
●大事に扱われる見た目でなければならない
●「壊れたら困る」威厳が必要
こうした心理的要請が、
テレビを“家具”に進化させたのだ。
■ 木目調は「安心感」を売っていた
もうひとつ忘れてはいけないのが、
**木目が持つ“心理効果”**である。
人は、
●木 → あたたかい
●木 → 落ち着く
●木 → 高級感がある
と無意識に感じる。
つまり昭和のテレビは、
映像だけでなく「安心」まで映していたのである。
薄暗い居間の中、
ぼんやり光るブラウン管の横に、
どっしりした木のフレーム。
この組み合わせが、
昭和家庭の“心の風景”を作っていたのだ。
■ そして時代は「白いテレビ」へ

昭和後期から平成に入ると、
テレビは次第に白や黒のプラスチック製へと変化していく。
理由は明確だ。
●軽量化
●大量生産
●デザインの多様化
●価格競争
テレビは、
家族の象徴 → 個人の持ち物
へと役割を変えていった。
こうして、
木目調テレビは、静かに姿を消していったのである。
■ それでも、今また「木目調」は帰ってきている
面白いことに、
ここ数年、スピーカーや家電などで
あえて“木目調デザイン”を採用する製品が再び増えている。
理由は同じだ。
●落ち着く
●部屋になじむ
●無機質すぎない
●懐かしさを感じる
そう、
人間の感覚は、50年経っても変わっていないのである。
■ まとめ:昭和のテレビは「家族そのもの」だった
昭和のウッド調テレビは、
✅ 家具だった
✅ 財産だった
✅ 家族の中心だった
✅ 安心の象徴だった
だからこそ、
あんなにも重く、無駄に立派で、木でできていた。
そして今日も、
どこかのリサイクルショップの隅っこで、
ひっそりと佇む木目調テレビは、
まだ昭和の記憶を映し続けている――
そんな気がしてならない。

