
■ はじめに:あの冷蔵庫、ドアは一枚だけだった
昭和の台所を思い出してほしい。
流し台の横に、白くて背の低い冷蔵庫。
ドアは――一枚だけ。
今では冷蔵庫といえば、
冷蔵室と冷凍室が分かれた2ドア、3ドアが当たり前だが、
昭和の家庭では**「単ドア冷蔵庫」**が標準だった。
では、なぜ昭和の冷蔵庫は単ドアだったのか。
それは決して「技術が遅れていたから」だけではない。
そこには、
昭和の暮らし・食文化・住宅事情が深く関係していた。
■ 結論:冷蔵庫は「冷やす箱」で十分だった
まず結論から言おう。
昭和の家庭にとって、冷蔵庫は「冷やせればOK」な存在だった。
今のように、
・冷凍食品を大量に保存
・作り置きを何日もストック
・氷を常備
・急速冷凍
といった使い方は、ほとんどなかった。
つまり、
大きな冷凍室は必要なかったのだ。
■ 昭和の食卓に「冷凍文化」はなかった
昭和40〜50年代、家庭の食事はどうだったか。
・毎日買い物に行く
・作る量はその日か翌日分まで
・惣菜は店で買う
・冷凍食品はごちそう扱い
この時代、
冷凍庫は「氷を作る場所」程度の役割しかなかった。
実際、昭和の単ドア冷蔵庫の上部には、
・小さな冷凍室
・アルミ製の霜だらけスペース
が付いているだけ。
冷凍食品を保存するためではなく、
氷を作るための場所だったのである。
■ 台所はとにかく「狭かった」
次に見逃せないのが、住宅事情だ。
昭和の一般家庭の台所は、
・今よりずっと狭い
・収納も少ない
・家電を置く余裕がない
そんな空間だった。
そこに、
今のような大型2ドア冷蔵庫など置けるはずもない。
単ドア冷蔵庫は、
・背が低い
・奥行きが浅い
・横幅もコンパクト
昭和の台所に最適化されたサイズだったのだ。
■ 技術的にも「分ける意味」が薄かった
もうひとつ重要なのが、冷却技術。
昭和の冷蔵庫は、
・温度制御が大雑把
・冷気は上から下へ自然に流れる
・部屋全体を冷やす設計
だった。
冷蔵と冷凍を厳密に分けるほどの
温度管理技術がまだ成熟していなかった。
だから、
一つの箱でまとめて冷やす
という構造が、
コスト面・技術面ともに合理的だった。
■ 霜取りは「当たり前の家事」だった
昭和の冷蔵庫といえば、
忘れてはならないのが霜取り作業だ。
冷凍室には霜がびっしり。
・ドライバーで削る
・お湯を入れて溶かす
・新聞紙を敷いて水浸し
これを定期的にやるのが、
主婦の仕事のひとつだった。
もし冷凍室が大きかったら?
霜取り地獄である。
だからこそ、
冷凍室は小さい方が都合がよかったのだ。
■ 冷蔵庫の上は「収納スペース」だった
昭和の単ドア冷蔵庫には、
今では考えられない使われ方があった。
それが――
冷蔵庫の上を棚として使うこと。
・布カバーをかける
・炊飯器を置く
・鍋や調味料を置く
単ドアで背が低いからこそ、
上が有効な収納になっていた。
もし2ドアで背が高かったら、
この使い方は成立しない。
昭和の冷蔵庫は、
家具としても計算されていたのである。
■ そして時代は「分ける冷蔵庫」へ

昭和後期から平成に入ると、状況は一変する。
・冷凍食品の普及
・共働き家庭の増加
・まとめ買い文化
・住宅の大型化
こうして冷蔵庫は、
冷やす箱 → 保存庫
へと進化していった。
冷蔵と冷凍を分ける意味が生まれ、
2ドア冷蔵庫が主流になっていく。
■ まとめ:単ドア冷蔵庫は、暮らしに合っていた
昭和の冷蔵庫が単ドアだったのは、
・冷凍を多用しなかった
・台所が狭かった
・技術的に合理的だった
・霜取りを前提にしていた
・収納家具として使われていた
すべてが、昭和の暮らしに合っていたからだ。
不便に見えて、
実はとても理にかなった家電。
それが、
昭和の単ドア冷蔵庫だったのである。
